あかんたれブルース

継続はチカラかな

太田龍に利用された八切止夫



「 伊藤博文日韓合併した時に、正当づける為に明治史学の星野恒や渡辺世佑らに対して、
  『日韓同祖論』をそれぞれ書かせて公表させた。
  それが今となると裏目になってしまい、
  『祖先が同種なら、此方が日本を合併しても差支えない話ではないか』
  といった趣旨の雑誌も送られるが、
  現在の歴史屋の大親方である明治史学のお歴々の論説が、
  それに援用されては、なんの反論とてできぬ。
  情けない話だが、後説ごもっともというか、だれ一人として、
  『あれは明治軍部山県有朋の直接命令で、御用歴史家が集められて、ただ書いたにすぎない』
  と勇気あるというか正論を述べたのは一人もいない。 」

                  八切止夫『サンカ民俗学』71頁より

これが八切(史観)テーゼの核のようなものです。
それまでの一般的な歴史観に対してはアンチとなりますが
異説、逆説、真実等で売り出すものたちにとってはバイブルのような
原典のような、テーゼとなりました。

つまりは、歴史などというものはその時代の権力者(体制)によって
いかようにも書き替えられてしまう。

国史なんかがそうですよね。
前王朝の悪辣な施政を現王朝が正したのだという物語が綴られる。
古くは殷(商)から周で、近くは清から中華人民共和国まで

でもね、これはあくまでも作家・八切止夫のお題目でもある。
そうい八切止夫自身が隠された日本史の新真実として
原日本人が高句麗から新羅などの大陸系民族に支配され交わっていったとしている。

その意味では逆に、「同祖・同種じゃないか」ともいえる。

いやいや、八切止夫は面白いのです。
たとえば、「上杉謙信は女だった!」というスキャンダルを暴露する。
なぜか?といえば、月に一回必ず腹痛や体調不良を訴えた。
これが月経なのだという。面白いでしょ。

八切止夫の作品はネットでもいくつかオープンになっていますから
それをネタにひとつひとつツッコミを入れていったら
楽しい人気ブログができそうです。
わたしも還暦すぎたら挑戦してみようかな。
ということで、わたしは八切止夫に目くじらはたてるような了見のせまい
御隠居じゃあ、ない。のだが、

八切止夫トンデモ本のネタになって、
トンデモ本に陰謀説が合体されて変な流れを生みだしてくると
黙ってはいられないわけだ。
その頭目が左翼革命家太田龍で、そこから孫引きネズミ講アムウェイ

八切止夫の史観が「裏目に」なってしまったわけです。
この惨状を知ったら八切先生も墓場でゲゲゲのゲで運動会は雨で順延。6月にやるなよ(汗)

今年の始めにわたしが癇癪玉を弾かせて鹿児島の田布施まで飛んだのも
長州の田布施出身の方にお話を聞きに千葉の松戸まで飛んだのも
こういった巷の稚拙な陰謀説を正すためだった。

渡来人を朝鮮騎馬民族として、現在の権力者の構造が
朝鮮人結社によるものという被害者意識はとっても危険と発想です。
というか、
そんなことをいったら純粋な原日本人とは誰でどこにいるのか?
その原日本人はどこから来たのか?
こういうのをラッキョウの皮むきというのだそうですが
それ以前に手前だけが安全地帯で、それ以外の者を悪の手先とする
民選別思考というか馬鹿げた論法だと、君、気づかないか。

もし、仮に、たとえば、の話として
太田龍がロシアか中国か北朝鮮のスパイだったして、
また、そうじゃなくても
左翼革命家だった単に個人的に太田龍学生運動に挫折して、
その方向性を「歴史」に求めたとします(これは推理じゃなくて)。
現在の体制を覆す、革命の謀略プロパガンダ工作の活動と考えたら。

わたしは、現体制や現在の社会が良いとは決して思わないけれど
(なによりロマン議長の革命に参加してい者ですからねえ)
でもね、太田龍などが煽る、こういった陰謀説は無理がある。
自虐史観が露見して、その徒花として極右的な発想も根付いているようです。
そうじゃない。それはそうなんだけど、そうじゃないんだ。

なんで、日本人はこう、劣等感と優越感というか正義と悪というか
二極論の振り子で揺れてしまうのだろう。

真ん中はないのか!
自立してバランスはとれないのか。

わたしも杉山茂丸の「一人一党」のスローガンに強く共感したものですから
そのどっちにも付かず、ある意味どっちも敵にまわすことを覚悟で、
それを実践しようかな、と思った。


だから、大人げないとは百も承知で、根本の八切止夫のテーゼにある
伊藤博文日韓合併した時
から
>明治軍部山県有朋の直接命令
とやらを反駁してみたいと思うのでありました。