あかんたれブルース

継続はチカラかな

九年目の怪い話



昨日のお話は敗戦から佐藤内閣ぐらいまでの話です。
ベースには戦後復興から高度成長期の時代。
いま、原発問題が大きな焦点になっています。これはエネルギー問題でもある。
官僚たちの夏』の数ヶ月前に、おなじTBSで『黒部の太陽』がリメイクされました。
ご覧になりましたか? 憶えてる?

この作品は黒四ダム建設(1956年〜1963年)が時代背景にあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E9%83%A8%E3%83%80%E3%83%A0

当時、日本の電力事情は脆弱で戦後復興に追いつかなかった。
ドラマ中でも「停電シーン」が効果的に使われていましたよね。
この難工事は間組鹿島建設熊谷組大成建設佐藤工業など
いわゆる現在のゼネコン、その下請け業者、役人、そして国民の悲願だった。
こういった作品に対して「美化する」という批判はあるのですが、
「巨悪」のゼネコンとか官僚が絡んでいても、感動するわけだ。
そうすると、馬太郎は甘いと詰られる。

いや、それは「時代」なのだとヘソを噛むわたしがいます(涙)。

70年代に入るとダムは自然を破壊して、村を水没させるなどと否定的になりますが
当時、ダム建設は日本にとって必要不可欠だった。

電気が必要だったのです。

しかし、水力発電はコスト(費用)の上昇とそれに見合う供給量(効果)が
なくなってしまうのですね。
そんななかで原子力発電は着々と平行して計画され推進されていました。
中曽根康弘が「原子力予算」を国会に提出し成立させたのが1954年です。

1954年・・・昭和29年・・・

原子力開発のメインは核兵器開発でした。
そこには第二次大戦後の米ソの対立があり、冷戦時代があります。
双方が核実験に奔走していた。

この年、米国は極秘裏にビキニ環礁で水爆実験を行い、
近くを航行していた日本の第五福竜丸の船員23名全員が被爆した。
これによって「極秘」が極秘でなくなってしまった。米国は慌てた。
日本は世界唯一の被爆国ですから、
広島・長崎の悲劇から九年目に再びこういった悲劇を突きつけれ激怒する。
当然の流れですね。

このとき、誕生したのが『ゴジラ』(1954年)です。

ゴジラは水爆実験によって生まれた怪獣だった。
「核の落とし子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として登場したのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9
ゴジラはその口から放射能を吐き出します。
そして全国各地を破壊して放射能をまき散らしていく・・・


同じ頃、銀座の寿司屋で二人の男が密談を交わしていた。
日本テレビ重役・柴田秀利と
肩書きを明かさない謎の米国人ダニエル.S.ワトソンという男。

柴田は読売新聞社主の正力松太郎の懐刀といわれた男です。
ワトソンはUSIS(広報文化交流局)に所属していた
柴田は言った。
「日本には毒をもって毒を制すという言葉があります」

この「毒」とは、放射能であり、原子力であり、
核兵器のことです。


1954年(昭和29年)・・・物騒な年が暮れていく



つづく