あかんたれブルース

継続はチカラかな

初恋でもないのに胸が痛むぜ

Jの食卓(愛の研究-2)


博愛の問題点は


そこには完ぺき主義を押し付ける原理主義があって
好き嫌いを絶対に許さない吉田先生のようなものです。
吉田先生はわたしの小学校五年のときの担任で
婚期を逃してあの当時四十過ぎてて独身でしたが
給食のときに好き嫌いを絶対に許さず、
わたしの隣の松野下すよ子(愛称すっぺどん)は
ピーマンと椎茸が苦手で泣いていました。
絶対に残してはダメなのです。
昼休みもなし。
わたしは可哀想で不憫で、代わりに食べてあげようかと
思うのですが、松野下すよ子はわたしの好みではないので
そういう、そこまでの親切心が芽生えません。
まだ、未熟でフェミニストではなかったんですね。
だいたいこの松野下すよ子は日頃から意地の悪い女で
隣同士の席なのですが、机の真ん中に線を引いて
少しでもそこからハミ出ると思い切りわたしの肘をツネル。
なにかにつけて吉田先生に告げ口して
おかげでわたしは散々な目にあっているわけです。
ちょっとでもここで仏心を出して
博愛したら百年目、惚れられて言い寄られたら
わたしは断りきれない押しに弱いタイプなので
所帯をもったが男子一生の不作
尻に引かれて現在の自分とまったく同じ運命をたどる。
そんな未来が見えるのです。
だから知らないフリをしているのが十歳の少年の処世だった
わけなのですが、
それから十年。
わたしは上京して、久々に都内某所で在京根っ子の会で
松野下すよ子と再会するのです。
「馬太郎君久しぶり」
「・・・」
「私よ、松野下すよ子。すっぺどん、忘れたの?」
赤坂の医療関係の会社で事務をしているという
すっぺどんは見違えるように美しくなっていました。
「馬太郎君、憶えてる?」
すよ子はあの頃の思い出を、わたしが忘れていた記憶を
まるで今見てきたように講釈師のように語るのでした。
なんとも不思議な感じです。
「私ね、馬太郎君のことが好きだったのよ」
「えっ?」
「気付かなかったあ。だよねえ、意地悪ばっかりしてたもんね」
「そうなの?」
「意地悪したくなっちゃうのよ。だって可愛いんだもん」
「そ、そうなのお!」
「もう、女心をちっとわかってくれないんだから」
「いやあ、そうなのかなあ(汗)」
「可愛いから思わずツネっちゃいたくなるの、痛かった」
「いやぜんぜん」
「ごめんね」
「別になんともないよぜんぜん」
「ほら、私がよく給食で嫌いなもの食べられなくて泣いてたでしょう」
「ああ、あったねえ」
「あの時、馬太郎君はずっとそばにいてくれたよね」
「いや、その、それは、なんというか」
「もう、昼休みになってみんなは外に遊びに出てるのに」
「あれえ、そうだったっけえ」
「自分はとっくに食べ終わってるのにずっと席に座ったままで」
「はあ・・・」
「ちらちら私を見て気にしてくれていた」
「えええっ、そうですかあ」
「教室には私と馬太郎君だけ」
「いやあ忘れちゃったなあ」
「嬉しかった」
「・・・」
「あのね」
「はい」
「これからは国際化の時代なの」
「はあ」
「英会話ができないと世界では通用しないの」
「はあ?」
「やってみない」
「なにを?」
「とてもいい教材があるの。試してみて」
「はあ」
「支払いは分割で大丈夫」
「へえ」
「きっとすぐにマスターできるわよ」




わかりましたか。