あかんたれブルース

継続はチカラかな

愛と死をみつめて

人間の条件(番外)


率直に、科学的に、考えて

なぜ、生まれてきたのか?

幸せになるためです。

幸せとはなに?

愛することです。

愛とはなに?

自分を愛すること「自己愛」
自分以外のものを愛すること「無償の愛」
「自己愛」と「無償の愛」です。

矛盾しませんか?

しません。
これが相互に満たされて愛は成立します。

お金が大事ではありませんか?

お金も大事ですが、それは手段でしかなく
お金では幸せになれません。

愛はお金よりも効果がありますか?

命の次に大事なのがお金です。
愛は命と同等ですからお金より効果があります。
数式でいえば
お金<命=愛 です。これ試験に出ますよ。

愛と命が同等といえますか?

愛のために死ねますからね。

それは悲劇ではないのですか?

愛のために死ねれば悲劇ではありません。
本望というものです。

危険な思想ではありませんか?

愛のために死ねるのだから、幸福でしょう。
少なくとも成人病や不慮の事故で死ぬよりはいいんじゃない。
生死観という立場から考えれば
生きることと死ぬことは同じです。つまり、
生きる=死ぬ=愛=幸せ です。これも試験にでますよ。

生きることと死ぬことを同等とは考えられません。

錯覚です。人間は必ず死ぬのです。
人生は有限であり、その限られた時間のなかで
生きて死ぬ、宿命を背負っています。
だから時間的な量よりも、時間内の質が重要です。

そのために、愛が必要というのですね。

重要不可欠ですが、その愛もプロセスであり
人間の持つ欲求欲望の最終目標は自由です。

自由? それが幸せなのですか?

そうです。人間は誕生したときから
不自由であり、生きるために様々なしがらみを背負います。
その束縛から解放されたいと願っています。

もしかして、それは死で開放されるとか?

それもありますが、生きることと死ぬことは同等です。

難しいですね。
なにかわかりやすい具体例はありませんか?

セックスです。

・・・(汗)

わたしたちはセックスを欲望の発散、生殖行為と解釈します。
また、それを刺激と考え、常にその刺激を求めます。
けれども、人間は慣れや飽きがあるので
性的な刺激はエスカレートしていかざるおえません。
これは株価や経済発展と同じで、最終的には破滅します。
ノーマルなセックスから過剰な刺激を求めれば
アブノーマルとなり、薬物に依存するか
もしくは人体を傷つけるまでになり、破滅する。
これは定まった決まりです。

恐いですね。
でもどうせ死ぬのでしょう。
だったら仕方がないんじゃないですか?

自然の法則性に薬物の関与はありえません。
また、自傷行為や他者を傷つけること
死においやることは自然の理にかないません。

そうではない、愛、セックスとは?

循環させるしかないのです。
自然環境も社会も経済も愛も、そしてセックスも循環です。

一応、わかりますが、ただ
刺激でもなく生殖行為でもない
セックスの循環って?

愛する気持ちの循環で高めあうことです。

なんかこむ難しくないですか?

たぶん、もっと気楽に手軽に、
しようと思えばできるでしょうが、
それでは結局、満たされません。
満足できないのです。

それは必要ですか?

幸せになりたいのでしょう。

その意味でのセックスってなんですか?

死です。

ええっ? 死ぬのですか?

死にます。

不味いじゃないんですか?

けれども循環ですから蘇生します。

生きる死ぬ生きるという循環ですか?

その死において開放され自由を得ます。
そして蘇生して生きていることを確認できます。
その歓びを知る。それが幸せです。

子育てにも幸せを感じますが?

それもセックスと同じす。

拡大解釈ではありませんか?

人間の性の話でしょう。
性をsexと表記しただけで、それは単なる固定観念です。
植えつけられたイメージ、思い込みですよ。

話しを戻しますが、慣れや飽きるという点で
そこにも同じ問題がおきませんか?

循環ですから、それはありません。
相手を替えることによるのは、刺激でしかなく
要は、その「相手」が重要なのです。
それがなにものなのか。
風俗やレイプとかではそれは満たされません。
だから、セックスは愛する者とするのが
大事なのではないですか。
いやむしろ、愛のないセックスのほうが楽でしょう。
つまり、本当に愛するものをみつけることが難しいわけです。
そこまでが大変で煩わしいわけだ。
だから手近に安易にお手軽にそれを得ようとします。
それでどこまで満足できるかというだけの話です。
文科省日教組性教育
お題目だけ唱えて、肝心の愛の本質を教えていない。
こんなんで子供達が納得できるわけがない。
というか役人や教師がわかっていないんじゃないでしょうか。
仏つくって魂入れず、です。

なんとなくはわかりますが、
それを得られれば幸せになれるのですね。

それがこの世で得られる最高の歓び
つまり幸せです。

最後の質問です。
その自由とやらは一人では得られないのですか?

無理です。

なぜ?

自由とは孤独です。
到底、一人では耐えられない。
人間はひとりでは生きていけません。
なぜならば、生きているんじゃない。
生かされているのです。
それを知ることが、生きる手掛かりであり
それがなければ途方に暮れてしまう。
誰かのために生きて、誰かのために死ぬ
そういいう自分を愛せる。
無償の愛と自己愛が融合したときに
このうえのもない幸せを感じるものです。



以上、あほ寮新入生の
ミスとらう嬢、ちょいす姉さん
わかったか?

(本日の名言)
プラスマイナス数えながら 君をみつめるわけじゃない
いつか実りをもらうため 君を大事にするわけじゃない
惚れたほうが損になるなんて 取り引きや投資じゃあるまいし
惚れて嬉しい 単に嬉しい 同じ時代に生まれて嬉しい
愛さずにいられない馬鹿もいる
悩まないで受けとればいいんだよ
愛さずにいられない馬鹿もいる
受けとったと答えてほしいだけさ

中島みゆき『I Love You,答えてくれ』より