あかんたれブルース

継続はチカラかな

痛い芝居とやさしい間抜けな元夫

メイと二人のマリリン(2)


マリリン・モンローだけでなく
ハリウッドやブロードウェーで名声を馳せた
俳優たちはその光が眩しいほどに
深い闇を背負っているものです。
女優であれば、ビビアン・リーもそうだったし
モナコ王妃という玉の輿にのったグレース・ケリー
世界の恋人・オードリー・ヘップバーンだって
例外ではない。
エヴァ・ガードナーとか、ああなんか古いなあ(汗)

フレンチ・コネクション』や『ジョーズ』などに
出演した名優のロイ・シャイダー
1979年に主演した『オール・ザット・ジャズ』は
ボブ・フォッシーの自伝的作品。
ブロードウェーの私的内幕を暴くような内容でしたが
酒、ドラッグ、セックスにただれた退廃的なものだった。
シラフではやっていけない世界なんだなあと
わたしが芸能界入りをあきらめら理由(嘘)。

冗談はさておき、
わたしがなぜこだわるかというと
私たちは別にハリウッドとかブロードウェーとか
ラスベガスの住人じゃないわけだ。
朝、腫れぼったい目をして半病人の顔を鏡に映し
コップにクスリを溶かしてそれを一気に飲む
そして顔を洗って
「It's Showtime」と呪文を唱え
気合を入れなきゃならない非日常じゃなくて
普通の一般人なわけです。

不自然なんだよな。
そういう不自然な人たちが多い。
クセがあっても性格に問題があってもいいんです。
それが多少芝居がかっていても
その人のキャラクターの延長線上にあって
本人さんが繋ぎとめられる(責任をもてる)もので
あるならば別にかまわない。

どうもそうじゃないんだよなあ。

ノーマ・ジーン(マリリン・モンロー)は
世界恐慌の大不況をモロに受けた世代です。
ジャイアンツ』でジェームズ・ディーンと共演した
二枚目俳優のロック・ハドソンなどもこの世代。
5歳の時に父が家出し8歳の時には母が再婚。
10歳から働きに出るという恵まれない環境で育つ。

ノーマ・ジーンの精神疾患の原因として
幼少期の環境がある。
母親はシングルマザーとして彼女を生んだので
ノーマ・ジーンには戸籍もない。
彼女は生涯を通じて
「父親」(的存在)を求めていたようです。
母親が精神病を患ったために孤児院に入れられ
その後、里親のもとを転々としますが
性的虐待及びネグレクトを受けて吃音症を患うように。
当時の米国では援助金目当てで
子供を引き取る里親も多く
彼女はそういう劣悪な家庭環境をタライ回しにされた。
彼女がみんなに
愛されたい愛されなければならないという
強い衝動、願望、欲求、強迫観念を持つのは
このためでしょうね。なんか切ない。

彼女は後にマリリン・モンローとして
みんなに愛される存在になりますが、
華やかなハリウッドの世界で
その虚構の演技を四六時中努めることを強いられる。

これが彼女の変死に対する様々な憶測を別として
「マリリンはノーマ・ジーンよって殺されてた」と
石坂浩二が推理する所以だ。

マリリン・モンローという女優は
20世紀のハリウッド映画を代表する大スターで
現在でもイメージキャラクターとして
若い世代でも知る大女優です。
しかし、それは名優というものではなく
ブロンドでボインで頭が少々足りない
お色気ぷんぷんのフェロモン過剰体質の色モノ
セックスシンボルというレッテルを貼られた
キャラクターであり
そういうふうに彼女自身が努めて演じた。

そして、
マリリン・モンローはノーマ・ジーンよって
消去されたのだ。

わたしは、マリリン・モンローが好きです。
特に『バス停留所』という作品が好き。
お色気云々ではなく、とても可愛いのだ。
あの可愛らしさのなかにあるもう一面の切なさも
こういった生い立ちを知らなくても感じることができる。
それがきっとマリリン・モンローの魅力だと思う。

可哀想なマリリンの生涯ですが
ひとつだけね、救いがある。
それは、二度目の夫でプロ野球選手の
ジョー・ディマジオが離婚後も彼女を精神的に
支えたことです。
二人の結婚生活はわずか9ヶ月しかなかったのに
彼は彼女の葬儀を取り仕切り
映画界からの参列はすべて固辞されたそうです。
この元夫はノーマ・ジーンを知っていたんでしょうね。
ノーマ・ジーンの死と受け止めて葬儀を行った。
端からみたら間抜けな男なのでしょうが
わたしはナイスガイだと思う。

マリリン・モンローの墓は
ロサンゼルスのウエストウッド・メモリアルパークにある。
ディマジオも計らいで定期的に
赤いバラが供えられていた。
(品種:アメリカン・ビューティー

ディマジオの亡き後は、
ファンクラブなどのボランティアの手で続けられている
そうです。