あかんたれブルース

継続はチカラかな

友人の息子の話2



友人の息子はアスペルガー
1から10の配列の4の位置関係がわからない。
どう教えてもダメみたいで
友人は奥さんと相談し、ま仕方ないかと
そのことは諦めたそうです。

両手の指の数を超える計算はできない。
それでいじめにあっていた。
授業は拷問だったそうです。
学校なんて大嫌い。

そんな彼が、食虫植物に興味を持って熱中する。
学校の勉強とは関係ないけれど・・・
「お父さん、この人に会ってみたい」
それは千葉在住の食虫植物在野研究家だった。
父親は戸惑いながらも
神奈川からクルマで連れていった。
そこで六十代の気難しそうな研究家と
小学六年生の息子が楽しそうに
チンプンカンプンの専門用語で語られる
熱い会話が展開される場面を目撃した父親は
・・・まあこれはこれでいいのかなあ
と、首を傾げながら納得させたそうです。

中学生になると
息子に全国の食虫植物の研究家から
問い合わせの電話がくるようになった。
息子はテキパキと相手の疑問に答えている。
なんか狐につままれているみたい
だったそうです。

それでも学校の成績は相変わらず。
中学ニ年終わり頃、息子がこう呟いた。
「ぼく・・高校へはいけないのかなあ
 ・・・高校に行きたい

父親は驚きました。
あれほど学校嫌いだった息子の言葉に。
でも息子の通知表は煙突だらけで
ヒルさんが2匹か3匹。
体育か美術が3だったのな?
これじゃあ公立は無理。
私立は・・・
父親は長年勤めた会社をリストラされ
それが原因でうつを病み体調を崩していた。
経済的に私立は無理。
そのときの父親のつらさ、わかります。
でもね、この父親は偉かった。
通知表にある「姿勢」とか「態度」とかの評価
せめてこれだけでもあげてみようよ。と
息子にもちかけてみたのです。
「わからなくてもいいからノートをとろう」
まず、できることから。

息子は父親との約束を守ってがんばりました。
居眠りしないように、一番前の席に陣取って
わからなくても、とにかく一生懸命に
ノートをとりました。

態度や姿勢などの評価は上がった。
不思議なことに、通知表の煙突さんがアヒル
変わっていった。3も増えていく!

そして彼は見事、公立の農業高校に合格します。
推薦入学にプラスに働いたのは
彼の食虫植物のリポートがユネスコで表彰された
という快挙もあったでしょう。

この話を涙ながらに聞いてから二年が経ちます。

友人の息子は高校三年になった。
相変わらず食虫植物熱は冷めまさせんが
生物から地学、「鉱物」へと
彼の好奇心は拡大している。
「やりたいことがたくさんありすぎる!」
これが彼の息子さん悲鳴だそうです。

この春はヨーロッパに自転車をもって
旅してきたそうです。
一人ではお泊りも無理の息子が、大丈夫?
と成田に迎えにいった父親に
日に焼けてすこし逞しくなった息子が笑顔で手を振る。
開口一番
「お父さん、ぼく変わった?」

この父親を最近もっと驚かせる息子の一言
「ぼく大学にいきたい」
もっと知りたい勉強したいんだそうです。

そういう話をね、友人つまりこの父親はね
嬉しそうに話すのだ。
実は、すでに彼の息子にはとある会社から
オファーが入ってる。
環境関連事業の会社だそうですが
息子の鉱石に対する興味と情熱と知識が
目にとまったようです。
スカウトされたんだ。凄いね。

まあ、就職するのか進学するのかは
わかりませんが、親としては嬉しい心配ですね。
わたしは、この友人の息子の成長の話を
聞くのが楽しい。毎回、感動させられる。

もし大学に行くなら
こういう若者こそ行くべきだと思う。
さてさてこの親と子の物語
これからどうなっていくのか楽しみです。

以前から感じているのですが
彼のうつは完治している。
もうその暗いトンネルにもどることは
ないでしょう。
結局、この息子が救ってくれたんじゃないかな。
彼は嬉しそうに頷いていた。

不思議だよね。
支えているつもりが支えられている。
信じあえるものをもつ幸せ。
つらい時期もあったでしょうが
そこから大切なものを見つけたようです。

次はどんな展開になっているのか
彼の話を聞くのを楽しみにしているのです。
嬉しくなって元気になる。