あかんたれブルース

継続はチカラかな

可愛いだけじゃだめかしら

I&U研究所(残酷な話-9)


テレビを着けたら
ヘップバーンの『麗しのサブリナ』をやっていた。
何気に観てて・・・可愛い。
この可愛らしさが世界の恋人として
国境を越えた時代1954年かあ・・・
ローマの休日』が前年の1953年。
ジバンシーの衣装で決めたヘップバーンが
社長の椅子に座ってクルクル・・・可愛い!

ふとさ、「残酷」の反語って
「可愛い」じゃないかなあと思うのでした。
国語的には「慈悲」とかなんでしょうが
どこかねえ、上から目線で仁愛にしても
なんか情けに冷静さが含まれている。

人間の性質のなかに残酷さがある。
これは動物も同じようです。
知り合いのブリーダーの話では
障害のあるものは他の仲間(血縁も含め)から
いじめを受けて噛み殺されてしまうのだそうです。
ちょっと目を離すと悲惨な惨劇が・・・
人間の子供だって残酷ですよね。
まして人間の大人であれば、なおのこと。

幼いものの身を守る手立てに「可愛さ」が
あるといいます。
それが完璧ではないでしょうが。

ヘップバーンの可愛さは
ほぼ完璧に近かったわけだ。
あのボギーもノックアウトってわけですもの。

ヘップバーンの可愛さを鑑賞観察しながら
その目鼻立ちだけではなく
幼さ、未熟さ、一途さ、といった無防備さにあり
それはボギーの妻ローレン・バコールとは異質。
(ヘップバーンの対極はローレン・バコールかな)

可愛さと残酷の間に
きっと可哀想があるんだろうと。
その感情移入を拒むことが残酷者の掟です。

可哀想なんて感情は幼稚な発想なのだと
彼らはそれを払拭することに努めている。
難儀なことです。
その先にどんな栄光があるのか
わたしは知らん。

愛の反語は憎しみ
表裏一体で愛憎というものがあります。
可愛さあまって憎さ100倍ともなる。

残酷は愛の暴走と
愛の否定に宿るものなんだなあ、とかね


ここから
おばさんの話とSMの話とかしたかったのですが
時計をみたら11時過ぎてたので
また日を改めます。ではグンナ~イ