あかんたれブルース

継続はチカラかな

日本列島「魔」の時代

愛する技術という発想(74)


>しかし、なんで「長崎」なんだろう?

これは前々回の「浪花節の逆襲 」に
続けようと思ったことと結ばれるかな。
記事では「自分を取り戻そう」で〆ました。
さて、自分を見失うというはなかにか?

「魔」があることを御存知か?

魔がさす。とかいうよね。
魔の時というのもある。
この魔についてふたつのアプローチで
考察してみたいと思います。

まずひとつは、その関連性について
以前から不思議に感じていたんですか
何か事件が起きると頻繁に似た様な事件が起きる。
昨年滋賀で火災訓練の最中に
大火傷の事故が起きると今度は京都の祭りで
テキヤの屋台のガスボンベが爆発して大惨事。
また、暴走車の事件も連続して起こったよね。

先月は、ひき逃げ事故や追突事故が連動して起きた。
こういうのは地域は別としてあちこちで連動して
起きるものです。
もうひとつは
長崎の件は地域限定で起きてる・・・不思議だね。

前者の場合に、模倣犯というのが考えられるけど
まさか真似てそういうのを起こすわけじゃない
だろうに・・・普通そうだよね。
通り魔事件は別としてもだ。

その前の「心の裏のゲラゲラポー1・2」で
なんでも妖怪のせいにするっていう記事を書いた。
この魔がさす、魔の時の正体こそが
そういうものじゃないのか?

そういうモノに対して以前から
根本敬の『電波系』から、この大気中に蔓延する
様々な「意識」が影響してるとも書きました。
そういう「よろしくないもの」は
心の隙間にするっと入ってくるものです。
笑うセールスマンの心の隙間だよ。
だから、脇が甘いとだめなんですね。

それと、狭い世界観や自己防衛本能
がために心を閉ざす場合
それによる排他的、もしくは閉塞感も
隙間をつくってしまう。
情報多寡での混乱からのパニックや
逆に情報が不足しての相場観のなさも原因する。

厄介なものですよね。

当然、精神的にも肉体的にも疲れてるとよろしくない。
健康って大事なんだよね。

見えないものを見ないように努める
こういう処世の危険もここにある。
そのうち段々と自分を見失ってしまうからだ。

こういうのはまずは個人の問題です。
変な魔に魅入られないように
普段から自己管理はしっかりやっていくこと。
そのことで文句いうほうがお門違いだ。

さて、問題はそれよりもっと大きな魔について
前記した事件事故が頻発に起きる現象だ。
わたしはこれってユングの深層意識が関係してる
のかと考えましたが
それよりも、魔とか「もののけ」の仕業とか
自縛霊というか気圧の変化みたいな「気」の影響
みたいなものなのかとも思う。

よく、いじめとか虐待は
昔からあった。マスコミが騒ぐから表に出ただけ
という人がいいる。
DVやDV殺人事件もそうだよね。
そういうのもあるだろうけれど、そうだろうか?

ここで考えられるのは
この魔というのが、加害者だけではなく
日本(の社会)全体に蔓延してるってことだ。
これにあてられたら当事者はもとより
周囲はたまったもんじゃないよね。
そして、自分ことを棚上げして他者にああだこうだ
いうのもあまり効率のいいことでもなない。
もうそういうところまできてるんだと痛感します。
もう見て見ぬフリの処世じゃあ通用しない。
いつなんどき自分に降りかかるか
わからないんだからねえ。

世の中そんなものだと割り切れば
そんな世の中になるのは当たり前の話だよ。
こういった事件や事故は
そういった事象のサインなんだ。
変えないと変わるまで永遠続く。
根をあげるまで。死ぬまでだ。

なんたって、そういう魔ってものの根源は
妖怪なんかじゃなくて、人間が発する意識が
もとになってるんだ。
それを清めるお払い師なんていない。
恐いものだと思うよ。

手立てがあるとすれば
人間性復権と愛のルネサンスだね。
これは個人革命だ。
即実行。これが幸運の導だ。