あかんたれブルース

継続はチカラかな

偽善と売名と差別



先週木曜日の外出先の中華屋で
スポーツ新聞を広げてたら杉良太郎
「偽善」がどうのこうのという記事が目にとまった。
氏がその流し目で
全国のオバサンたちを悩殺してたのは
もう十数年、何十年前の話だろう・・・
ヨン様~あ、の前は、杉様~あ、だったのだ。
その後五代夏子と結婚してから
テレビや舞台よりもそれまでの慈善活動のほうが
露出度が高くなったような気がします。

わたしはそのボランティアスピリットは評価しても
役者馬鹿そのままの独善先行的な言動にちょっと
腰が引けてしまってたのが正直なところかな。

で、気になる「偽善」の記事の内容は
はたして杉に対する批判か、それとも
杉が例の歯に衣着せぬ語調で、誰かを糾弾する
ものなのかと読んでみると
杉さん本人が(過去の)自分に対する
侮蔑の告白でした。

だいぶ前の話のようですが
作詞家と一緒に被爆者私設を慰問にいった際
講演終了後に被爆者たちから握手を求められた。
そのとき一瞬躊躇ったそうです。
その人たちのケロイドはまだ生々しく
なかには膿が出てそこからにじみ出ている。
それでも人目を気にして一瞬で我に返り
何食わぬ顔で握手に応じたのだそうです。

その後で、
洗面所に駆け込んで必死に手を洗っていたと。
見るとその横で同行した作詞家も一心不乱に
手を洗っていたそうです。

そのことが、長く彼を苦しめていたと。
こんな福祉に、差別廃止に、対して
自ら「偽善」と告発していたわけです。

正直な人だと思った。
わたしは杉良太郎に完璧な人格や品格を求めない。
ただこの正直さ素直さ誠実さがあれば
それで十分だなと思った。
無論、それから杉さんはその壁を乗り越えたようです。

このエピソードから杉山茂丸のお友達
土佐派民権家で賤民廃止令の立役者大江卓が
全国の部落をまわるとき必ず食器は持参したという
話を思い出しました。非差別はマイ箸も許されない。
映画『パピヨン』で脱走協力の条件として
ハンセン氏病の男の器から水を飲むみたいな試しが
ありましたよね。
『新仁義なき戦い』では脳梅におかされた
かつての兄弟分の盃を受けて飲む
苦いシーンがあった。
そのモデル美能幸三が企画した
刑務所で知り合った懲役何十年の脱獄王の映画
『脱獄・広島殺人囚 』(1974年)
ロケハンで出所したこの老人を伴って
プロデューサーと脚本家と美能の四人で
その故郷四国に行ったそうです。
そこは被差別部落だった。
老人はとても懐かしがっていたそうですが
そこの住民たちの態度が変なんだな。
聞くと、この老人の家族からハンセン氏病患者が
出たようで、その被差別社会のなかでも
差別さてれいた。これ現実だ。が
脚本家はその話を聞いて泣いていたそうな。

どこまで続くのかね。

杉良太郎・五代夏子夫妻のボランティア活動を
売名行為と批判する連中がいる。
それ以前の理由で批判する者もいるけれど
そんなこと関係ない。
できるものができることをやる。
それでいいのだと思う。
できないやつはただ吠えるだけ
そして差別する奴はどんなことでも理由にして
差別する。しない人はしない。
その差は大きいよ。

大江卓がマイ食器をもっていこう行こうが
そんなことはあんまり関係ないと思うね。
また、かつての民族主義右翼の活動には
そういった差別民の解放があったのだ。
日本の近代化にはそれが密接に関係してる。
後に在日系の暴力団が家名を襲名しちゃうけど
初代の大日本正義団はそういう団体だった。
もっとも団長は大阪ミナミの極道だけどね。
この明石家万吉の二代目も
正直で一本筋の通った男でした。
じゃなかったら万吉の二代目は継げない。
因みにこの万吉は『男一匹ガキ大将』の戸川万吉にも
受け継がれているようです。
それだけでも、
どんな漢だったかってわかるでしょう。