あかんたれブルース

継続はチカラかな

たけしのバイオレンスについて



たけし作品は自ら主演し
やくざとか刑事とか犯罪者とか座頭市とか
危険な人物を演ずることが多いですよね。
そもそも「役者として、」そう達者のほうではなく
声も大滝秀治同様、悪声ときている。
そういうマイナス面ををすべて味として成立させている。

さて、ではあの暴力的演技は、芝居なのか
それともこれも「地」であり持ち味なのか?

わたしは若い頃、仕事で実物のたけしに接したことが
あるのですが、まあ、あのままですよ。
それまで横柄に振舞っていたプロデューサーが
借りてきた猫のようになって殿殿とへつらう
不機嫌な面持ちで聞き流していたかと思うと
突然一喝、そして馬鹿野郎の連発。
その伊藤というプロデューサーは土下座して殿殿
「馬鹿野郎どこ見てしゃっぺてんだ」
この制作会社のプロデューサーはロンパリなのだった。
(おいおい身体的な障害を・・・(汗))
居並ぶたけし軍団のメンバーは壁際に整列
有楽町のラジオ局はもう緊張で発狂しそうな有り様。
あの映画そのものなんだな。
だからあれは演技じゃなくて、地なんだよね。

もっともこの土下座してたプロデューサーこそ
「テレビ業界の暴力体質の源流」といわれる男。
その裏表の激しいこと
じかに仕事してましたからね。よく知ってるよ。
個性的というか変な人だった。
どういうつもりなのかIVSに打ち合わせにいったら
青いジャージのADを整列させてテーブルに一人
ふんぞりかえって膝に女性のADを乗せている(汗)
それがまた青いジャージ着たブスでさ(笑)
シャレとかギャグなのかと首を捻ったものでした。
威嚇だったようです(汁)

こっちも生意気ざかりで肩で風きってましたからね。
テレビ屋になにがわかるか馬鹿って感じで
クチにはだしませんが態度には出てたんでしょう。

その馬鹿(後のテリー伊藤)が
目の前で土下座させれてボロクソです。
小気味良かったのが半分と
そういう力を行使するたけしに対して
畏怖したものです。
それはわたしだけじゃなく、あの場にいた全員
そういう現場を体験したことのある人すべて。
だからそういう人は、映画のたけしを観てモロじゃん
と感じたことでしょう。

ここで、トリックスターさんのコメントから拝借
「リアリティーと現実は違う」
今日の夕方ちょっと目にした一節でしたが
なるほどなあと感心しちゃった。

いつだったかたけしの映画を
津川雅彦がボロクソいっていた。
津川雅彦はマキノ一族ですからね。
日本映画の正統な保守本流として、
我慢できなかったんでしょう。
横山やすしダウンタウンに噛み付いたのと同じ
ようなものです。
脚本家の笠原和夫も苦言というか困惑してたはずです。

監督として、脚本家として、役者として
それぞれこだわりがあるわけだ。

それは嫉妬なのか、羨望なのか
それとも八つ当たりか・・・
しかし、世界はそれより速く評価しちゃった。

わたしはなぜ北野武が暴力に固執するのか
わからない。
これほど時代をリードするトップランナー
あるはずなのに、いまさらバイオレンスなんて
どんな意味があるのだろう。
興行的? ご冗談でしょう。

結局素人旦那の道楽なのか
あの絵のように。

賞とか評価とか関係ないところに
本当の観客はいるような気がします。
たけしだったらそのことは知っているはずだ
とも思うんだけどね。