あかんたれブルース

継続はチカラかな

慧眼のタイムカプセル開封



マスコミに対して
作家筒井康隆の面白い記事を見つけました。
1989年の朝日新聞の夕刊に掲載されたもの
ですが、ちっとも古くない。
また、朝日に掲載されたっていうのも
面白いところです。

筒井さんは
マスコミが操る「通俗語法」によって
すべてをスキャンダル化できるようにした。
言語のテロリズムだ!と喝破する(笑)

まずこのターゲットは芸能人が主で
ついで疑惑の人物となっていった。
対して大新聞は一線を画すようでいて
その(正義の刃とでもいうかの)矛先は
「強者」「えらい人」に向けられるのですが
問題はそのターゲットたる
えらい強者を誰にするか
ここがスキャンダラスジャーナリズムの
真骨頂なのだと。
まさに慧眼のズバリそこでしょう!
ですが

それから25年経って・・・

大新聞とやらもテレビも週刊誌も
日刊ゲンダイを代表する夕刊紙も
なにもかもスキャンダル化している次第
なのは御存知の通りです。

そこには報道の自由なる大義名分があるのですが
こういったスキャンダルスジャーナリズムが
報道の自由を盾に暴走してしまうと
負の連鎖から
芸能界の質の低下につながった
ように政治家の質の低下につながると
筒井さんは指摘する。
つまり政治家も時としてコレを利用する
傾向が多々増えていると。

前の国会質疑で週刊誌のスキャンダル報道を
ソースとした社民党党首の質問に対して
「いいかげんにしろ」と安倍さんが激怒した
あれもその一例です。
国会議員ならそんな与太記事じゃなくて
ちゃんと自分で調べてから質問しろと。
そりゃそうだよ政務調査費活動費もらってて
そんな疑惑の確認なんて
わたしでも誰でもできる。

さらに不味いのは、こういった
芸能人蔑視、政治家蔑視が愚民化を招いている
点でしょうか。一億総白痴化というか
25年前というと
ちょうどうネット普及のはじめあたりですよね。
ネットもねえ痛し痒しで
それによってマスコミの権威も堕ちてしまいますが
なんといてもネットはネットで
玉石混淆ですから

(↑)のマスター記事に晒してあるように
ポピュリズムルサンチマンでぐちゃぐちゃ

こんな環境だからこそ
正しい(メディア)リテラシーもって
みょうな番組構成や記事は拒絶しましょう。
なんたって敵は視聴者購読者が一番恐いんだ。
ただし、的外れなツッコミはダメよ。
それこそ収拾がつかなくなってしまう。
ま、それがいまの現状ですが(汗)