あかんたれブルース

継続はチカラかな

実録『驟り雨』の灯



藤沢周平の『驟り雨』は小説なので
あの盗人も心温まるお話も作り物、嘘と
バカにする人は多いものそういう時代です。
それじゃあ、実話で一石

ときは幕末。夕暮れのお堀端をとぼとぼと
母子が歩いておりました。
母親は絶望のどん底にあった。
佐官職人の夫は蒸発して音信不通
生活は困窮し、手をひく幼子を育てるために
姉を女郎に売るしかなかった。
切ない、情けない。
そんな人生に疲れてしまったのです。
いっそ、二人でお堀に身投げしてしまおうか・・
そんな母子を呼び止める声がした。
振り向くと辻占いの易者が手招きをしている。
母親はその灯りになぜか誘われて
止まり木で羽を休めるように易者の前に座った。
やさしそうな易者の表情にほだされて
ついつい問わず語りにその困窮を絶望を嘆いた。

易者は、その話をどう受け取ったのか
この母子を引き取ってやがて横浜に移り住む。
易者の名を星泰順と申しまして
母を女房に、その子を倅にして星亨と名乗らせた。
「亨」とは『易経』にある縁起の良い言葉。
当時の易者は陰陽道に通じておりましたから
針灸術や漢方ども心得ていて、
医者という職業も兼ねておったそうです。

さて、この星泰順というお人
とにもかくにも情の深いお方で
どう工面をつけたのか売られた姉も連れ戻してくれた。
亨の母にしてみれば、まさにホワイトナイト
だったわけです。
この母にそこまでしてやる魅力つまりは
美貌があったのでしょうか?
小説『驟り雨』で盗人が惹かれた病弱の母は
病やつれはしていましたがちょいと別嬪さん
と描かれておりました。
わたしは亨の母の写真を見たことがない。
ただ、後に政治家となる星亨の面構えから
想像すれば、絶対に十人並み以下であった方に
100万円は賭けられる。
とにかく亨は醜男でして、歴代政治家の醜男ランキング
なるものがあればベストスリー以内には入るはず。
杉山茂丸が初対面の印象を「カバの化け物」
と記しているほどだ。
男の子は母親に似るものですしね。
つまり星泰順が拾った女はカバだった?(汗)

そんなわけで、今時の価値観からしても
星泰順というお人は「奇特な人」ってことになる。
もしくは、同情を優先させた上から目線の
間違った人とも批判されるのかもしれません。

そんなうすっぺらいものじゃないよ。
そしてこのお話は小説でも落語の人情噺でもない
近現代史の隠れた事実だ。現実なのだ。
その後、星泰順は行方不明になっていた
前夫の行方も探し出し
病に倒れたこの馬鹿(元)亭主さえも引き取って
面倒をみたということでした。

これ、政治家が拵えた捏造された美談?

とんでもない。
星亨って政治家は陸奥宗光の一の子分として
政界の暴れん坊「押し通る」という
豪腕悪辣でとかく評判の悪い政治家でした。
明治のヒールなんだな。
だからそんな美談なんて必要としない。
実際に賄賂も受け取っていたんでしょう。
カネが必要だったのだ。
藩閥政権打倒のために奔走する旗手だった星亨は
その醜聞をマジ受けされて暗殺されたのですが
実際の彼自身の生活は慎ましく愛情豊かで
その細君というのも母親のためをと
畳屋の娘だったそうです。
女性関係の噂もまったくのデマだった。
暗殺されて残された
財産は一万円の借金だった。

星亨のことは杉山茂丸絡みで紹介してきましたが
ここでは彼の育ての父星泰順の注目です。
優しい心根の男だったんでしょうねえ
でなければ易者風情の連れ後が
高島学校で学んだなんて考えられない。

そういう愛情に育まれた亨は
世の中の悪徳を強く憎んだ。
そしてそれ以上に強くなければならないと
鼓舞してそれを実行した。
毒以上の劇薬となって
そして憎まれて、殺されてしまった。
市井なかのほんの小さなささやかな
知られずに奇特な人で笑われる
星泰順の灯とは逆に
もっと大きな松明のようになって
もっと多くの人を助けようとしたんじゃないかと。
それがゆえに敵が多すぎたのかもね。

いずれにしても
この父と子の一灯はなかなか世間では
認められない。皮肉なものです。

それでも別にいいんじゃないかと思うわけだ。
そういう世間に媚びて生きたいわけじゃない。
やりたいように好きなように
生きることこそが最善の人生ではないかと思う。

わたしはそういう人たちが好きだし
美しいと思う。
そういう生き方に憧れる。
100年以上経ってもその灯は消えないもんね。