黒部の太陽がまぶしい
人を知るには一緒に旅行をするといい。と言われます。
その旅との過程で、相手の善し悪しがみえる。
誤魔化しが利かないものですものね。四六時中一緒ですから。
わたしは、「仕事」もそうだと思います。
昨夜の『黒部の太陽』後編、ご覧になりましたか?
大いなる人間ドラマ、群像劇として仕上がっていました。
考えさせられる作品でした。
人間はどうしても楽な方を選択してしまいます。
目の前の苦難、壁に対して、それが理不尽で難しいものであると痛感すれば
一生懸命にその矛盾を考えて、なんとかしようと考えるものです。
そして効率的合理的現実的論理的として楽な方を選ぶ。
なんたって幸福に生きるために生まれて来たわけですから
楽で楽しいほうが良いに決まっている。
でも、そうやって迂回していっても
問題の本質を逸してしまう場合も多いものです。
けれども、いまは、そんな損な生き方は流行らない。
あの昭和30年代の日本人は違っていました。
みんな不器用で無骨で頑固だった。ドラマの話ではない。
この半世紀で日本人は変わりました。
その結果、どうなったか。
それを痛感するのが今の時代と環境です。
「要は人なんだよ」
以前、NHKの「プロジェクトX」の関係者の人から聞いた。
しかし、彼はその後に
「しかし、もうそうい人はいないのだ・・・」と続けた。
いつも前向きなこの先輩なのに、マイナス指向な言葉を付け加えていました。
大手ゼネコンの仕事で
土木の下請けグループ組織のパンフレットをやったことがあります。
「建築は派手だけれど、土木は目に見えない仕事で地味で過酷なものだ」
たとえば、土木に関係する人たちは一生を通じて
そう多くない現場しか経験できないといいます。
青函トンネルでも20年以上を要していますものね。
そのひとつの現場で新人だった若者が、その仕事を成し遂げたときには
一人前の仕事人に成長している。のだそうです。
また事故も多く、殉職者も多い。
人間同士の絆や信頼関係も強いものだそうです。
そのパンフは「俺たち地底人」というコピーにしたと思います。
日本は技術の国だと言われます。
職人の世界。
けれども、そういったものが評価されなくなってしまった。
そして、みんなが責任を回避することが処世と考えるようになりました。
正直者がバカをみる。
あの関電の社長や熊谷組の専務はバカだったのだろうか?
「要は人なんだよ」
苦しいときにはついつい楽な方を選んでしまうものです。
そういったときに、リーダーが情熱と責任をもって引っ張っていく必要がある。
その意味でリーダーの資質、役割は大きいものだと痛感させられます。
歴史に学べ。しかしわたしたちは学ばない。
そういった過去のリーダーたちの所業にも色眼鏡で揶揄することが
知識人、インテリ、情報通、知性派だと思い違いをしている。
別に、手放しで賛美する必要はありませんが、
そういった善し悪しのなかから本質を抽出してみるのが
歴史から学ぶことである。とわたしは思います。
なんか、また固くなってしまいましたが、
お笑い番組にも飽きてしまった昨今。
たまにはこういった人間ドラマから何かを見つめてみるのもよいかと
思うのでした。
そして、仕事と誇りと愛を、取り戻しましょう。
いなくなったわけじゃない。忘れてしまっているだけです。
求めていないだけです。
それを強く求めれば、変わります。
社会も環境もマスコミもすべて変わる。
愛を訪ねて三千里(お休み中)
なんとなく、花粉症・・・落ち着いたかな?
黒部ダム行ったことある?
もの凄いスケールですよ。人間が小さく感じてしまう。
機会があったら是非、行ってみてください。