あかんたれブルース

継続はチカラかな

抵抗勢力の正体と実態

ニッポンの教育改革(8)


とまあそんなワケで日本の教育問題は重大で
その改革は急務なのです。
先週も文部科学省に行ってきましたが
「待ったなし」と若い女性課長がリキんでいました。

誰もがその必要性を感じている。

しかし、この教育改革にも抵抗勢力が存在します。

誰だ? 

大学か? 
いや、塾とか予備校か?

なんと保護者ですよ。親。
受験生(小学校から高校生まで、無論大学生も)
を持つ、一番この問題に直面してる
保護者が抵抗してる。

あわよくば、自分の子だけはという
皮算用があるようです。目論見、ね

日本がヤバイとかとは別腹なのだ。
なんか浅ましいというか浅はかというか・・・

はたして、そううまくいくのかな? あとで泣いても知らんぞよ


それと、もうひとつ
高学歴を自認する人たちだ。
この抵抗、拒絶反応も凄いよ。

高学歴を自認する人たちですから、
そこにアイデンティティーを持っている。

たとえ高学歴でも優秀有能な人は
そういう自分の学歴なんかに価値をもたない。
社会に出た以上、
そこの大学出身かなんてあまり関係ありません。
関係があるのは内容(質)に問題がある。

ま、とにかく
それにこだわる人は・・・まあそういう人です(汗)。

これが意外に多くてびっくりです。


教育改革すると文化大革命みたいな
たいへんなことが起きる。
そんなかんじで捉える。

この脅迫観念は、
自分の拠所が危うくなるという
危機感からなのですね。


学歴が学閥となって、村社会というか
既得権益化しているわけです。
中国の科挙みたいなわけだ。

でも中国史で王朝がダメになる大きな要因は宦官とこの科挙にある。
満州民族の清も、韓国の李朝もこれで破綻したようなものです。

ユメユメそのことお忘れなく。


今後、もし
日本の教育制度改革に懐疑的、否定的、
な態度を示す人がいたら
その人が割合高学歴な人だったら
そういうセコイ人だと思って
傷つけないように、そっとその場を離れてください。

議論する必要はありません。
これは中学生でもわかる道理ですから
議論して論破する必要はない。
本当は本人だってわかってますよ。

ただ認めたくないだけ

なんかもっともらしい理屈はまくしたてるでしょうが
あまり意味がない。
論理の飛躍とすり替えと、意図はつまらん保身です。
で、理屈が怪しくなると
現実論に話を替えて、「無理」といってきます。

それを言い訳にして
あわよくばこのままで、どうかそのままで
と願っているのです。