あかんたれブルース

継続はチカラかな

根気と巨根

知性と感性の融合(2)


なぜ、感性教育が重要化か

人間の能力を量るとすれば、洞察力にあります。
その物事の本質を見極める思考力だね。
これは観察力でもあり、
また集中力が必要なものです。

往々にして私達は物事事象の表層的なものに
反応しやすい。
例えば、競走馬が自分の影を見て驚いて
パドックで暴れたりするのと同じだ。

この傾向が大きくなった理由には
(1)私達の考察手法が物事を整理して考える
ために細分化するのはいいとしても
各論に目を奪われて本質を見失ってしまう。

(2)ペーパーテストの影響で即断即決と
性急に答えを出そうとする癖がついている。
また、わからない難しい問題は後回しにしたり
捨ててしまう。
これは受験テクニックとしては通用しても
実社会では通用しません。
企業がそういった学生に期待しなくなったのも
そのためです。

(3)こういったことから、注意力や集中力が
養われない。分析力、想像力も無論です。


実社会では常に企画やアイデアを求められる。
だから、それがないと通用しないのだ。

美術教育は絵が上手い下手は関係ないのだ。
たとえば写生やデッサンに打ち込む
その時間のなかの観察力や集中力
そしてそのなかの思考にある。
思考力はこうやって養う。哲学のようなものです。

音楽教育はそれを聴くことから養います。
ま、楽器や歌唱にもそれ以上のものがあるでしょう。
表現力かなあ
そのへんは誰か、たとえばりんちゃん解説してよ。

集中力や考察力を高めるのに効果的なのが
「読書」です。
これは根気が必要なのだな。
体調が悪いときは本なんか読んでも頭に入らない。
ある意味で、読書は知識を吸収するというよりも
集中力や根気を養う訓練なのかもしれません。
ま、慣れというか習慣ですけどね。なにごとも。


はっきりいって、根気や集中力がないと
アウトなのだ。

たとえどんなアイデアがあってもだめです。
よくアイデアイデアとそれを騒ぐ人がいる。
「あのアイデアは実は僕が最初に考え・・・」
そんなものはまったく意味ない。
イデアだけの人はゴマンといる。
そのアイデアをカタチにするところに
価値があるのだ。

それには根気と集中力が不可欠であり
当然それは実行力行動力に結ばれていくわけです。




なんか硬い記事になりましたね。
みんなの期待応えて
下ネタで一発締めましょうかあ。 

奈良時代の怪僧・弓削道鏡って知ってる?
日本のラスプーチン帝政ロシア末期の怪僧)
といわれ、祈祷の力をもって皇室に取り入って
権力を握り、政治に容喙した悪人として
「まるで弓削道鏡だ!」
なんていうふうに用いられます。

この道鏡には巨根伝説があって
道鏡は すわるとひざが 三つでき」
という川柳もあるほど。すわると膝が三つ(汗)!
どうもこの説は眉唾みたいですが

この道鏡の巨根伝説に由来して
「ドウキョウオサムシ」という昆虫名がある。
オサムシってえのは体長に比して
非常に大きな交接器を持つそうです。

さて、日本漫画史の巨星・手塚治虫
治虫というペンネームはこのオサムシから
取られたことは割と有名な話。
手塚先生はそのことを知ってて命名したのかなあ?

先生は鼻がデカイことがコンプレックスで
アトムの御茶ノ水博士やら
火の鳥』の主人公キャラはどでかい鼻をに
デフォルメされておられる。
鼻の大きさは男根と比例するとよくいわれますが

手塚治虫は巨根だったのか・・・?

根気からここまで飛躍する
これも感性の力