あかんたれブルース

継続はチカラかな

武士道じゃだめよ

バックボーンフリー(2)


なんで、武士道じゃだめなの?

まあ、ひとつは
それは人間が拵えたものであって
実体が曖昧なものだから、かな。

よく武士道復活を叫ぶ人もいるけれど
あれは時代劇とかのイメージからで
本来の武士道ってなにかとなると
非常に怪しい。

新渡戸稲造は武士道を説いたわけではなく
「武士道」というタイトルで
「日本人」を説いたわけだ。

その武士道を「葉隠」からもってくると
ちょっと異質というかわけがわからない
ことになってしまう。
儒教の影響がかなり濃厚だしねえ。

徳川幕府以前の武士どうだっただろうか
と考える。
結構、戦国の世の習いとか一国一城の主
なんていって利己的即物的だったか?
まあ、そうともいえますが
鎌倉時代からは
禅宗がバックボーンになってたようです。
これも仏教系ですね。
それ以外なら塚原卜伝なんかは
鹿島神宮で、神道古神道です。
ま、仏教も神道もアウトなわけで
武士道じゃ無理でしょう。

なんたって、一言問答で

「武士道とは?」と問えば

「死ぬことよ!」

となっちゃう。
仏教は生死を一体化して考える宗教です。
その意味で、現在は生きることばかりに
偏重しているから、困ったことになるので
まあちょとは是正策になるような気もしますが
これだけ自殺者が多い日本社会に
「死ぬことよ」が活性剤にはならないよ(汗)。
それこそ人権団体が騒ぐわ。めんどくせえ。