あかんたれブルース

継続はチカラかな

煩悩天使の降臨

分福もののけ漫遊記(25)


杜子坊は分福を探した。
月を怖れる皮蛋の手を引いて。
「おーい分福どこにいるんだ~い」
「ブンタ~ン、おやつやで~え」
返事はありません。どこにもいない。
と、遠くから権耳の声がする。
「プポープポー」とそれは遠吠えのようです。
その声のほうに二人は向かった
それは湖畔の河原のほうだった。
水辺は静かに夜空を映し出していました。
月の光がまるでスポットライトのように
一点を照らしています。
そこには純白の衣を身にまとう女性がいた。
白い肌の女性・・・
緑色の髪をなびかせている
それは天女のようでした。
その肩口から透明な翼がはえている。
その足元に権耳が跪いて何かを祈っていた。
それが杜子坊を呼び寄せた声だったのです。
権耳は何かを必死に祈っている。
その権耳を天女の翼が被います。
権耳が泣いていました。
「なにが起きてんのや」
「天使だ」
「わからんがな見えへんのや」
「月をみないで分福をみてみろよ」
「な、なんやあれは!」
「孚じゃな」
「お師匠様」
いつの間にか徐福が横にいた。
「それは親鳥が卵からかえった雛を
 守るように愛しみ育む
 儒教でいえば仁。仏教でいえば愛。
 女人がもつ慈悲というものであり、
 すべてを生み出す力の源よ」
「しかしお師匠様、分福には煩悩の呪いが」
「その慈悲もまた煩悩ではないのか」
「それは・・・」
「いいか、煩悩が悪なのではない。
 それが故に、その変調から悪を生み出す。
 かといってそれを滅することはきないのじゃ。
 古今、それを苦行や悟りで封じようする者たちは
 後をたたない。が、それをなしえたものは皆無だ」
杜子坊は頷いた。
「釈迦もイエスマホメットもそんなことを
 伝えたのではない。しかるにその弟子達は
 それを誤って伝えてしまった。
 いやその信者たちが誤って解釈していったのだ。
 その時代時代に都合のよいようにな」
「分福は天使なのですか」
「選ばれたものなのであろう」
「なぜ分福が?」
「おそらく、分福はなにかの事情から
 大人になることを拒んだようだ。
 通常、人は成長するに従って周囲の環境に
 順応させようとしていくものだ。
 その環境によって大きく影響される。
 よい環境であれば、時代であればいいが
 それを選択して生まれることはできないのだ。
 その環境に順応できないものがいる。
 それはとても生き辛いことでもある。
 あるものは反逆者となりあるものは犯罪者となる
 その時代の社会に順応できないのだ。
 そうでなくと悲しいおもいばかりして
 損ばかりするだろう。
 その社会が正当な環境であれば、
 彼らは無法者であり身を持ち崩す者たちには
 ならなかったかもしれない。
 しかし、その社会環境が
 正当なものでなかったとしたら
 それに打ちひしがれる者たちは愚者なのか?
 迎合すれば楽であろうに
 それがきでない者たちがいる。
 杜子坊よそなたもそうではないか。
 あの権耳も、この河童女も」
「皮蛋や!」
「そういうなかで分福は選ばれたのだろう。
 彼女に宿る汚れなき純正が
 それを託すにちょうどよかったんだろうなあ」
「託すといいますと」
「天命として、この世の救いの魁としてじゃ」
「救いとは」
「歪なお前達のようなものを救うためじゃ。
 そして、それを癒すためじゃ。
 それには、ある者には知性をある者には勇気を
 そして、ある者には愛を
 そういうものを求めてお前達は分福に
 引き寄せられたのではないか」
杜子坊は洛陽の壁に綴られた分福の言葉を思い出した。
それは慟哭であった。嘆きの歌でもあった。
しかしそれだけではない。
そこに希望を求める力があった。それは勇気だった。
己のことよりも他者を気遣う母親のような
優しさがあったのだ。
その言葉に杜子坊は感動したのではなかったか。
強く惹かれたのだ。
「分福の茶釜は煩悩具足というものじゃ」
「その具足のなかに108の鬼人が封じ込められている」
「そのなかに慈悲の性もある」
「それがあの天使の正体なのですか」
「いや、あれが分福の本来の姿だろう。
 しかしそのままで生きていくことはできない。
 それを悟って分福は大人になることをやめた。
 そして、人間であることさえ拒絶してしまった。
 天はそれを見逃さなかったのだ。
 茶釜でなくとも、目に見えぬ煩悩具足を羽織って
 いるものは少なくない。
 天はそれを解放してやりたいんだろう。
 否定するのではなくそれを受け入れ融合させ
 調和させることを伝えたいのだ。
 その役割を分福は与えられのだ」

静かな夜が更けていく
ときおりそれを権耳のしゃくりがこだまする。
分福はすでに茶釜狸の姿にもどって
権耳の背中で眠っていた。
その頬にはキリンの絵が涙と涎
でぬれていた。

「杜子坊よ、桃源に行け」

徐福は意外なことを言った。