薬物の話を少し、さわりだけ。
以前、児玉源太郎・後藤新平・杉山茂丸の台湾経営の件で「阿片」の話に触れました。
後藤の政策で台湾の阿片は50年かけて撲滅されます。
元々は英国の阿片政策に清国が食い物にされたことが発端。阿片戦争って習ったでしょ。
当時の中国は阿片に侵されていました。台湾はそれでも若干マシなほうだったようです。
竜二さんから佐野真一(真は旧字ですがでないのでこれでいきます。槇に木偏のないやつ)の
『阿片王』を推奨されて読んでいますが、
当時の中国・満州の状況は酷いものです。
薬物・覚醒剤は国を滅ぼしますね。
これらをやくざの資金源として連想する方々も多いでしょうが、
それはそうですが、すべてではない。やくざにとっても恐い代物です。
資金源を他で確保できる錦筋なら手を出さない。最近は分かりませんがね。
やくざと位置付けられるものに港湾関係とか炭坑経営者、または土建業などがありました。
これらは肉体労働なので、戦後ヒロポンが爆発的に流行します。
しかし、それを常用すると使い物にならなくなるので固く禁止した組関係は多かったのです。
山口組がはじめて東京進出したときは麻薬撲滅運動に参加したもので、
田岡一雄三代目組長は市川房枝などと一緒にデモ行進したものです。
「麻薬反対!覚醒剤撲滅!」ってね。
それをカモフラージュとするのも間違いではありませんが、
山口組は神戸の港湾事業をベースに興行など正業をベースにしようという戦略でした。
リスクの多い覚醒剤を禁じたとしてもさほどおかしな話ではありません。
無論、売春などの不法行為はやっていましたよ。
田岡一雄はこれからのやくざは博打だけでは生きていけない。
各自が事業家として独立していかなければならないと指導したのです。
しかし、それを国家や警察や市民は許しません。
暴力団は悪であり、撲滅しなければいけない。存在してはいけないのです。
そして、彼らは地下に潜ります。
後藤新平の台湾阿片撲滅の方法論と重ねて合わせて、なんとも芸のないやり方だと、
私は思います。