あかんたれブルース

継続はチカラかな

正悪より真贋未熟のジャッジを



現在、政治家に対しての不信感はとても強いものです。
身から出た錆ではあると、とは思う。
しかし、民主主義のなかで「選挙」というものがあって、
その選挙にお金がかかることが根本にあるとは、思わないか?

確かに、二世三世議員といった世襲議員によって構成された
国会議員、県会市会などの地方議員含めて既得権益者で「貴族」のようで
どこか「庶民」とは違う感覚のようです。
そのぶん、どこかセンスがずれているようにも感じる。

現在の野党自民党の谷垣さんや大島さんも民主党批判は
言えば言うほど、自民党自体の足を引っ張っているようにも感じます。
二大政党時代にはほど遠い。めまいがしそうです。

政治家を志す、また活動していくなかで一番大きなものは
「情熱」だという。

わたしもそうだと思います。
利権や権力の魅力や誘惑があったとしても、
やはり、そこには「情熱」という魔力があると思う、な。

でも、私たちイメージで政治家とか経営者とか権力者というものは
賄賂や利権に群がり搾取する悪の権化と映っている。
立派な政治家や経営者もいるのでしょうが、玉石混合の世界ですから
どうしても・・・これも多数決か。

そのなかで、少し気になったことは、
世襲議員を批判するとは別に、各政治家のキャリアとか経験に苦言を呈する
批評があったりします。

たとえばそれが宮崎県知事に対して「芸人風情」として、
「卑しくも国政を担う者が」とする。
確かに、タレント候補を立てる選挙対策はシラケてしまうけれど、
なかにし礼の物言いには少し驚かされたものです。

平民宰相、原敬なら良いのか。
伊藤博文足軽中間風情の卑しいもので長州閥によって権力を握った卑賤の者。

どちらも暗殺されたのだけれども、原敬には平民宰相。伊藤博文にはエロ宰相。
でも、比較するまでもなく伊藤博文のほうが断然偉大で功績も大きい。

伊藤と同じ長州閥で、陸軍の法皇といわれた山県有朋
この人は評判が悪い。
わたしも明治モノを書くときに山県が登場する場合は鼻をつまんで
顔を歪めて唾を飛ばして切り捨てるのですが、ここにきて
少し、姿勢を改めようと思った。

難しい人物で、彼を擁護するなんてババを掴むようなものです。
痛くもない腹を探られかねない。
夢うさぎ塾長から破門されるかもしれない(汗)。

でもね、すこし弁護したい。
それは、杉山茂丸のせいだ。杉山の愛というものを痛感した。
それをしみじみと痛感して、感動して涙が止まらない。

歴史認識のなかでも人物考察は
人間というものを善人悪人と区分けするようりも
真贋と未熟でみるほうが正鵠を得ているようにも思います。

杉山茂丸の愛を語る。で、ついでに山県も一緒に語ります。