あかんたれブルース

継続はチカラかな

黄色い帽子の女2020

もうかれこれ四十年以上前のお話

国電新宿駅東口の改札の手前に

手荷物預かり所というのがまだあった時代。

入口の受付窓口の奥に16坪ほどのロッカールームがありまして

壁にはコインロッカーが立て掛けられて

中央には会議机とパイプ椅子がいくつか置かれていた。

その夜、歌舞伎町で友人とのコンパに向かう僕は

小田急から乗り換えて東口の改札を通り抜けようとした。

と、改札の左側にある手荷物預かり所の入口に

十数人の人集りが目に入り立ち止まった。

喧嘩かな?

当時も新宿はあまり品のよい場所ではない。

時間に多少余裕のあった僕は

持ち合いの好奇心というか野次馬根性から

人混みをかき分けて手荷物預かり所の中に潜り込んでいった。

ガランとしたロッカールームには

男と女が二人

小柄な男は中央の会議机に胡座して立て膝で

なにやら喚いている。

グダグダ言ってんじゃねえよこの馬鹿女!

巻き舌で罵倒されているその先には

パイプ椅子に申し訳なさそうにちょこんと

黄色い帽子を被った女がいた。

それが時代錯誤的なブスで

その場違いな出で立ちからして唖然となった。

いかにもよそ行きの薄緑のツーピース

そして黄色い帽子。

一昔前の新婚旅行の格好をしてるのだ。

デビュー当時の泉ピン子を発酵したような

それは十八年生きて目撃したなかでも

最上級の類いのものだった。

年齢は二十歳そこそこだろうか。

若いんだろうけど年齢不詳。

いかにも田舎のおぼこ娘なのだ。

対して男は派手な黒のアロハと白いスラックスにエナメルの靴。

まったく堅気のものではない。

どこかの地方からこのヤクザに言葉巧みに口説かれて

ここ新宿までたどり着いたあたりで

初めて女が何かを拒んだかぐずったのか

それが男には気に食わない。

女は思いもしなかった男の豹変と激昂に

戸惑っている。

野次馬の先頭にいた僕はばつがわるかったので

利用者のフリをして奥のロッカーにトコトコと向かう。

オメエみたいな馬鹿はもう知らねえ!

帰れよ。帰っちまえよ!

男が凄んで女に迫った。

女は一言も発せず

身を捩らせて申し訳なさそうにしている。

業を煮やした男が女の頬を平手打ちした。

バシッと乾いた音がロッカー室に響く。

入口にたむろして固唾を呑む野次馬たちにも

緊張がはしる。

しかし誰も止めにはいらない。入れない。

それはある種の様式美でこのアナログな

ロッカールームは大道具が苦労した拵えた舞台装置で

ヤクザ者らしい男と騙されたちょっと足りない田舎娘

というか絶妙なキャスティングバランスが

ドラマの一場面のような完成度だった。

いや、もし彼女がもし、もう少し

器量がよければ、

そこに煩悩の隙も生まれ

一歩踏み出す金さんか寅さんも

いたかもしれたい。

出口付近の野次馬と

ロッカー室には男と女となぜか僕。

もう身動きとれない。

僕は完全にエキストラでロッカーを探す演技に没頭した。

 


おい!どうすんだよ!帰っちまえよ!

 


帰れるわけないよ。

彼女は新婚旅行のつもりで家を出てきたんだ。

いまさら帰れない。

男が再び小動物のような女に手を上げようとしたとき

入口の野次馬の群れを割って

二三人の警官が入ってきた。

僕をふくめ野次馬たちも安堵した。

女は俯き微動だにしなかったが

男は態度は変えて

警官の質問に

身内、身内だから。と答えると

女を振り返り

おい、行くぞと急き立てた。

女は黙ったまま席を立ち

申し訳なさそうに警官たちに会釈して

入口の野次馬の隙間から男の後を追った。

警官は何事もなかったように一件落着と

入口の観衆に解散するようたしなめた。

みんな物足りなさそうな顔で

それぞれの目的地に散っていった。

僕が最後に荷物置き場から出たときに

あの男女の姿はどこにもなかった。

あれからあの女はどうしたんだろうか。

新宿の風俗にでも売られて沈められるのかなあ

いやいやあの器量じゃそれはないか

そんな楽天的なアイデアで切なさを振り切って

東口の改札を通り抜け歌舞伎町に向かった。

 


あれから43年

たまーに想い出す。

あの黄色い帽子を被った女

凄いブスだったけど

味わいのある女性だったなあ