あかんたれブルース

継続はチカラかな

本物と偽物。プロとアマ。

 ゆうにぃにが残してくれたコメントに、「本物」というキーワードがありました。

   >ちょい悪が隆盛している時代に本物の悪。
   >結果的にどっちが格好いいか?それもともどっちが格好悪いのか?
   >結局は本物が真実。本物が格好いいのでしょう。


 本物とはなにか?


 一昨年、剣友会の納会で指導者の一人が演説していた。

 「 世の中には、本物と偽物と未熟者がある。 」

 面白いことを言うなあと、記憶にとどめて、時々それを引き出しては考えています。

 彼曰く、私たちのそのほとんどが未熟者である。しかし、可能性として
 本物を目指すことが大切であり、偽物であってはいけない。

 ひとつ残念だったのは、
 彼がここでいう偽物は剣道有段者で中高年から剣道を始めた者を偽物として、
 幼年期から叩き上げで剣道をやってきた者を本物とする具体的で生臭いものだった。

 精神修行としての剣の道も、そうそう簡単に本物の剣士にはなれない。わけだ。

 それでも私たちの多くが、ほとんどが、未熟者であることは確かです。

 できれば、誰しも本物になりたい。それを目指して願っている。

 それがなかなかすぐにはいきません。

 ふと、悪魔のささやきとか電波の空耳か思い込み勘違いから道を誤る。

 なんとなくそれが「偽物」のキャッチバーご来店なのでしょう。
 勘定するまではとてもハッピーなのかもね。

 でもこの本物と偽物のジャッジは難しい。

 たとえ本物が存在したとしても、それを認められる人がいるのかどうか?

 本物を見抜くには、見る人も本物の観察眼がないといけない。

 しかし、私たちは未熟者。

 その判定も非常に、怪しい(汗)。

 ついつい、都合に合わせて、感動してしまいます。本物だ!と、ね。

 そして、その偽物っていうのも、
 その審判員の利害や相性や都合によって烙印を押される場合もある。こともある。

 詐欺師やバッタ屋や宗教グッズ販売員などのことではないですよ。
 そういった分かり易いことなら苦労は要りません。

 本物という言葉を人間にあてはめてみると、どんな人をいうのだろう?

 自分流の生き方を貫く、信念を志を持つ者かしら?

 それを思い込みだ勘違いだと嗤う人たちもいるでしょうが、それでも近い感じはします。

 これも個人的なものなのかもしれませんね。


 とかなんとか、うすぼんやりキーボードを叩いていたら、
 妻が思いだしたように問いかけてきました。

 「ねえ、プロと素人の違いってなんだと思う?」

 また、新聞か何かのテレビで仕入れてきたな(苦笑)。
 なんだろう? ・・・金を稼げること? なに違う。嬉しそうに、じゃあ何よ?

 プロ、プロフェッショナルといわれる人たちはみな共通して、

 「孤独」なのだと言います。


 なるほど、孤独ねえ。それは言えるわな。



 孤独を感じる者たちよ。嘆いてはいけない。

 汝は人生のプロフェッショナルなのである。

 たとえ、まだ未熟ではあっても、本物にかなり近い海域で航海をしている。

 進路は東へ