あかんたれブルース

継続はチカラかな

何が頑張ろうニッポンだ! パート2



忸怩たる思いに駆られる。臍を噛む。という表現があります。
まったくこんな感じの今日この頃の馬太郎でありんす。
そのうち地団駄を踏むのかもしれません。

原発の賛否については、議論の余地はないのではないか。
新しく拵えるのは無理だと思いませんか? でしょ。
よく使われる「現実的」という言葉を用いても
これを覆すことのできる者はいないと思う。そういうのは詭弁だ。

終戦からオイルショックまでの流れを記事にして、
日本が米国の影響下にあって、時代環境から
原発を受け入れざる負えなかったのは理解できる。がしかし、
その間、原発の問題が露見して、方向性を変える機会はいくつもあった。
しかし、そこに利権が絡んで無理筋の力業が横行したのも事実だ。

天然ガスでも、風力、太陽光でも技術の進歩から充分に期待できものです。
日本はドイツを凌駕する環境技術があるといわれていますが、
それが実用化されていない。
そういう障害の壁がこの利権にあるわけです。

たとえば、馬太郎博士が新しい画期的な発明をしたとします。
すると大手メーカーが即時それを買いにくる。
でもそれはそのままお蔵入りになってしまうんだな。
つまり、段階を踏まないとメーカーは儲からないと考える。
録画システムでも
ベータ・VHSからレーザーディスク→DVD→ブルーレイと段階を踏みます。
わたしがベータ時代にブルーレイを発明しても30年はお蔵入りなわけです。
効率性や合理性を説くわりに、資本主義にはこういった現実が存在するわけだ。
どこかが抜け駆けしないところが不思議ですね。
競争社会のはずなのに・・・談合でもしてるのだろうかと訝ってしまう。

パナソニックが今後十年の大量のリストラ計画を発表してましたね。
空洞化する産業構造は前々から危惧されているのですが、
日本経済新聞は今度も「企業努力」として「評価」するのだろうか?
そんな世界競争に挑戦し続けても誰も幸せにはならないんじゃないか?
解雇された企業の労働者の受け皿はあるのだろうか・・・
また日本は衰弱していきます。

なにが「頑張ろう日本」だよ。

国を豊かにすることを本気で考えなおさないといけませんね。

老人だらけの社会ではなく、
失業者と非正社員だらけの社会の行く末を
有識者や企業家・経済人は考えないのだろうか?
政治家や官僚は考えないのだろうか?

そんなことはないと思いたいのですが、
今回の原発事故を体験して、
あまり先のことなど考えていないんだなあ、としみじみと臍を噛む。
忸怩たる思いに駆られます。

発想の転換を図るべきだ。

合理主義、合理的、合理化、ではなく。
たとえば、雇用を生む社会にすることが復興の手がかりになると思います。
わたしは「利権」を否定しません。できないのだ。
公共事業が悪いわけじゃない。それが形式化してしまったから問題なのだと思う。
システムや組織が老朽化して時代とそぐわないのだと思う。

時代にあったシステムに再構築させていかないと
同じ失敗を繰り返すだけです。
日本にはあまり余力もないので、その辺はしっかり
気をつけないといけない。