あかんたれブルース

継続はチカラかな

軍艦島の友人



日本の近代化の一群として
長崎の軍艦島世界遺産にノミネート
されているようです。
この炭鉱の島は閉山後、誰もいなくなった。
それが二十年ほど前だったか
サブカルの廃墟ブームで脚光を浴びだしてはいた。

わたしが新卒で就職した印刷会社の同期に
有久という軍艦島出身の男がいた。
人見知りが強い癖のある男でね。
若年寄りみたいに古風でクソ真面目な男だった。
営業の彼とは部署が違ったのですが
わたしが製版から製作に移ってその距離は
縮まったようです。
最初はわたしのことを小ばかにしていましたが
仕事を組むようになって信頼されたのかな。
有久も打ち解けてきたようだった。
もっともその頃には同期は3人しか残っていなかった。
彼も将来のことを考えて
いろいろ悩んでいるようだった。
そのことを相談してきたり、
「馬ちゃんの夢は?」と聞いてきたり
それを真剣な表情で聞いていた。
諏訪湖に仲間と旅行したときの
スナップ写真にその場面が残されている。

わたしが退社した直後に
有久も叔父さんが勤めているという
韓国系菓子メーカーに転職していきました。
それから三十数年会っていないし
もう二度と会うこともないでしょう。

軍艦島世界遺産登録に
韓国では「強制労働」として
反発しているそうです。

この強制という頭の痛い指摘に
帚木蓬生の『三たびの海峡』はよいテキストだ。
もっともこの作品は朝鮮人側の被害者の視点で
書かれたものです。
たしかにそれは強制連行だった。
炭鉱の仕事はつらいものでした。

でもね、炭鉱には日本人もたくさん働いていた。
食事に関しての差別はなかった。
おかずのお代わりはできなかったけれど
(日本人でも朝鮮人でも)
ご飯と味噌汁はお代わり自由でした。
白米だよ。

彼らは休みの日には朝鮮料理屋のオモニの家に
行って懐かしい故郷の家庭料理を楽しんでいた。

職場では差別やいじめもありました。
それは日本人からだけではなく
同じ朝鮮人から受けることも少なくない。

主人公はここで日本人女性と恋愛して
妊娠させてしまう。

『三たびの海峡』は時代に翻弄された
ある朝鮮人の理不尽な
涙の感動巨編だというけれど
わたしは読んでいて複雑な心境だった。

彼は再び海峡を渡り祖国に帰ります。
その地には過酷な現実があった。
当時、日本も朝鮮も貧しかったけれど
その比較からすれば朝鮮半島の農村部の貧しさは
凄まじいものです。
その環境が人間の心も荒ませる。

有久とは原宿の表参道で別れたっきりです。
営業のついてだと送ってくれた
あれが最後になってしまった。
あの頃、有久は
わたしのことを羨ましがっていたっけね。
「馬ちゃんには夢があっていい」と
その後、何度か再会したいとも
思ったこともありましたが
結局それははたせずじまいだった。
かなり頑固頑迷なヤツだったけれど
同じ日本人で幼友達の赤旗購読者の新ちゃんよりは
まだ話を聞いてくれたような気がした。
語り合ってみたかったなあ