あかんたれブルース

継続はチカラかな

メディアと民主主義

あなたはもしかしたら細川隆元?

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(19) 日本人の戦後の無責任を問題視するなかで そのルーツは植木等だったのか いや細川隆元だったのではないかということで 突然ですが、あなたの細川隆元度チェックチェックです。 目を瞑ってイメージしてください。 あなた…

元祖毒ガスタレント

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(18) こんなことしてる場合じゃなかった(汗) 宣伝しないと絶版になっちゃう(涙) 登場人物から細川隆元で行ってみよう。 熊本出身で細川忠興とガラシャの血胤が自慢。 ということは明智光秀の血も入ってるわけだね。 東大…

うんこタレより小便タレ

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(番外) 中国では反日デモ、暴動(略奪テロ)が横行して 日本の中国関連企業の株も暴落。 むかし小泉さんは紛争地域に出向く民間人 たとえばジャーナリストとかボランティアたちに 「自己責任」という言葉を使った。 賛否はあ…

有馬記念の有馬さんが火付け役

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(17) 美土路と酒井の会話 「兄貴、この度国会を襲撃してクサレ外道を殺っちゃろう 思うちょるんじゃが、どがなもんじゃろうか」 大日本正義団総裁酒井栄蔵はこのクーデターで 浜口内閣を総辞職に追い込み宇垣一成陸相を首班と…

毎度お騒がせ大日本正義団

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(16) 昭和に入ってから朝日新聞の主筆を張った緒方竹虎。 その緒方を支えていた社会部出身の美土路昌一。 二人ともなかなか剛毅な漢なのですが、 その美土路昌一に心服していたのが 大阪ミナミの博徒、酒井栄蔵親分。 錦筋の…

仁義なき戦いのように

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(15) 相似というものがある。 簡単にいうと似てるものいう意味。で比較相対的な。 よく、判で押したように 「歴史は繰り返される」なんて台詞をいう人がいます。 そうじゃない。歴史は繰り返されてんじゃない。 そのときどき…

朝日新聞第二次社内抗争

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(14) 漱石が朝日新聞に入社してその効果は抜群でした。 文豪の連載小説の効果もさることながら 漱石自ら広告塔をかってでて、各地で講演を行う。 これがまた面白い。文豪はトークも一流だった。 『東朝』では紙面改革の充実に…

近衛と朝日と焼き討ち事件

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(13) 近衛家とは公家の五摂家のひとつで 天皇家に次ぐ格式を有する名門ですが、 明治から昭和にかけて この近衛家の当主であった篤麿と文麿という親子は 数奇な運命で日本の近代史を飾っております。 近衛篤麿は政治家でもあ…

タコチン馬チン中華チン

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(12) タコ食えばチンチンでかくなる、なんて きっと水産業者の陰謀かもしれない(汗) なんて思っていたんですが・・・ 本日の真面目な ♪俺の話しを聞け!5分だけでもいいの時間です。 今日は中華思想だ。 これは読んで字の…

タイガー&ドラゴンもしくは馬ちゃん

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(11) ♪俺の話しを聞け!5分だけでもいい 明治大正昭和、近現代史を俯瞰すれば現代が見えるから そのまんま東のシナ海を渡って僕も行くから君も行け あの頃みたいにダサい大陸浪人になって お前待ってるから急いでこいよ 嗚呼…

禁断の相思相愛

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(10) そんななかで入社した期待の大型新人 池辺三山(高橋克実)は熊本の出身。 父・吉十郎(高橋英樹)は肥後の西郷といわれ 西南戦争で西郷軍に参加し敗戦後処刑されたのでした。 池辺の後輩で後に朝日に入社するの鳥居素川…

領有権の責任について

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(9) なんか日清戦争かんたんにすませまいたが 楽勝でした。 戦死者は千人ちょっと。しかし 病死は11,894人。10倍だよ(汗) コレラ、赤痢、風土病に脚気なんかでたくさん死んだ。 それぐら、外地は環境が悪いのだ。 感染した…

ひと味違う昔の国粋・国家主義

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(8) 島津亜矢 『公正中立土俵入り音頭』 ♪(↓メロディー参照に) http://www.youtube.com/watch?v=fnX1vD0TBJU&feature=related ペーンは錆びてえもお、こおの名は錆びぬうう リーベラル朝日いのお心意気 なにがなんでも非を…

いくらあっても足りない金

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(6) 津田一派との死闘を制した朝日新聞は 伊藤博文からの政府機密費で経営を建て直し 売上げ日本一となり、東京進出を果たす。 これが『東京朝日新聞』(東朝)となる。 大阪の朝日新聞は『大阪朝日新聞』(大朝) カバの化け…

朝日と三井の赤い疑惑

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(5) 明治15年から21年にかけて 朝日新聞には、 明治政府から資金が流れた事実があります。 それも三井を経由して その資金は政府の機密費からのものだった。 (機密費とは尖閣諸島購入資金でなどで用いられたあれだ) こ…

近現代史の人面瘡チチチ

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(4) 新聞を出すことは決まったが さて、それを作れる人材がいない。そこで 手っ取りばやく『大阪日報』の津田貞という マルチエディターをスカウトします。 この男、元土佐の脱藩浪士で容堂公の側近。 龍馬、後藤象二郎、板垣…

メディアの出生の秘密と宿命

村山さん、弾はまだ残っとるがよ(2) 朝日新聞の設立は明治12年。 西南戦争が終結して、翌年に大久保利通が暗殺され 自由民権運動で全国各地激化は荒れ模様 そんななかで、 大阪の泉屋という老舗醤油屋が作ったのが あの朝日新聞です。 泉屋に木村騰という…

ネット言論の第二段階

なんか変だ。 なぜ変かを書くとそれで記事が終わるので、とにかく 変だということにして、話をすすめます。 どこかで本音と建て前の「本音」というのをカン違いしてるんじゃないか。 と前々から思っているのですが、ここにきてそれを痛感します。 本音と建て…

京大カンニング事件の今後の展開

時事ネタは基本やらないのですが 「伊達直人のランドセル騒動」に引き続き 今回の京大受験問題(カンニング事件)について記事にします。 最初にこの報道を知り、へえ〜っと身を乗り出したものですが 日ごと加熱する報道に違和感をもたれた方々は多かったと…

金融恐慌を決定づけた朝日新聞記者

メディアと民主主義(16)細川隆元(3) 細川隆元。 関東大震災の年に朝日新聞社初の入社試験に合格した若手の敏腕記者である。 後にテレビ『時事放談』なので毒舌政治評論家として 人気を博すあの細川隆元は朝日新聞の若手記者として、 東京日日新聞(現・…

昭和大恐慌の黒幕

メディアと民主主義(16)細川隆元(2) 話を関東大震災後から四年後の昭和二年(一九二七年)に戻す。 この日、三月十四日の衆議院予算総会は大揺れに紛糾していた。 関東大震災で発行された「震災手形」の問題が政争となって、 野党政友会は各銀行の保有額…

越後屋と悪代官になら適応できても

メディアと民主主義(16)細川隆元(1) 久々に連載を復活させます。 報道の自由と情報開示(公開)が当然の権利として 強く訴えられたものでした。 しかし、それに危惧する者はいた。 けれども、そんなことをペロッと零したら さあ大変。 民主主義者を名乗…

踏みとどまった者の苦渋の選択

メディアと民主主義(16)緒方竹虎(1) 中野正剛の親友に緒方竹虎がいます。 二人は同郷(福岡)で修猷館中学校から深い仲でした。 もっとも、緒方は9歳のときに父親の仕事の関係で山形からの転校生。 年齢は二歳ほど中野のほうが上ですが緒方は一年飛び級…

理想主義者の挫折の一因

メディアと民主主義(15)中野正剛 中野正剛も朝日新聞の記者でした。 明治四十二年(一九二四年))から大正五年(一九一六年)まで 文筆家としては当代一流の名文家。 その筆は強烈な批判で時の権力者は一刀両断です! 伊藤博文を「ビスマルクに気取る軟弱…

バージニア司馬さんなんてこわくない

メディアと民主主義(14) これより後半に突入します。 前半は関東大震災の報道まででしたが、 この時、政府は震災手形を発行する。これが後々大変な問題を引き起こす。 この件は後半の細川隆元の巻で詳しく紹介します。 後半は体裁を得意の人物伝でまとめて…

「みんなで骨抜き」世界平和小作戦

メディアと民主主義(中入り) 朝日新聞の歴史をなぞってメディアと民主主義について 考えています。 この後、満州事変から言論統制があって戦争の時代に突入しますが、 それはまたおいおい「朝日新聞」の戦争責任とその本質で 記事にしていくとして、色々確…

嫌な民主主義

メディアと民主主義(余談・2) 先日、マンションの理事会に出席しました。 そう熱心なほうではないのですが、 大規模修繕工事でのエアコンの不調に対する対応の不味さと 駐輪場での悪質ないたずらへの対応要求を提案したかたので 久々に出席しまいた。 会議…

ブログもメディア

メディアと民主主義(13) 昨日の続き 一人の警察官僚の不用意発言から 暴徒化した「善良な」市民が自警団を組んで殺害した朝鮮人中国人は 当時の政府(司法省)の調査では二三三人。 吉野作造の調査では二千六一三人。 大韓民国臨時政府の機関紙「独立新聞…

これがペンだ!

メディアと民主主義(12) 報道とは難しいものです。 真実とはなにか? 情報はどこまで必要なのか? 関東大震災が起きた。 大正12年9月1日土曜日午前11時58分32秒 震源地は神奈川県相模湾北西沖80km マグニチュード7.9 * 死者・行方不明者 : 14万2800人 * 負…

朝日の最大の問題は「派閥争い」

メディアと民主主義(11) 朝日新聞の報道及び「戦争」責任という主旨で続けております。 まだ、大正7年の途上ですが この年は日本も朝日新聞も大きく揺れた年でした。 寺内内閣(大正5年)発足から朝日新聞の対立は表面化し エスカレートしていきます。 こ…